人類救済を目標に

 私はこのゲルマニウムを医薬として取り扱わずに、人類救済を目標に、これを道具としてとりあげた医療体系を築きあげるのが最もよいと考える。
 (中略)
 私はいつの日か、ゲルマニウム病院が世界中いたるところに建てられ、病める人々を助けるようになるときを夢みている。(p.275、l.3-10)

暗闇を嘆くより、一本のロウソクに火をつけるほうがよい

中国の格言に「暗闇を嘆くより、一本のロウソクに火をつけるほうがよい」というのがあるが、ガンをはじめとするいろいろの難病の治療に関しては、いまは全く暗黒の世界である。その暗闇の中で、私は、いま、一本のロウソクをともしていこうと思うのである。(p.270、l.3-6)

人間には知りえざる世界の法則

 宗教関係の方は、世の人々の精神、肉体の悩みを、超越的絶対者である神もしくは仏を信仰し、それにすがって治すということに、ゲルマニウムは大いに役立つであろう、という意見が多かったと、自分勝手に解釈した。
 また易学関係の方々は、ほとんどがゲルマニウムは人類救済のために自然界に現れた物質であり、かねてからその出現を期待していたと、喜んでくれた。
 しかも、原子番号からきた「三二」という数を使って卦をみてもらうと、私にはよくわからなかったが、答えは、「このものは万物生成の根源で、森羅万象の中心をなし、奇跡を現す」というのであった。
 (中略)
 私は、これらの方々と会って話を聞いていると、つまるところ人間には知りえざる世界の法則を説いており、人間はこの法則を無視したり、逆らったりしてはならぬということであろうと推察した。
 このことから、私のゲルマニウムは生命と直結した四次元の物質であり、医薬とは本質的に異なるものであるとの確信を得た。(p.257、l.4-p.258、l.7)

「薬」でなければ、何であるか

 その神秘的な働きを見るにつれ、私のゲルマニウムを薬という範疇に入れたくない気持であることに触れておこう。
 それでは、「薬」でなければ、何であるか。
(中略)
 私は、哲学書の初めに書かれるギリシャ哲人の言葉「万物の根源は気なり」という、その「気」(Luft.Air)という名前がよさそうに思うのだが、どうも通用しそうにない。そうかといって、霊水とか神泉とか呼ぶわけにいかず、いまだに、その命名には困っているのである。(p.143、l.6-p.144、l.11)

星の世界の法則

 私は、おもむろにこう切り出した。
 「マッカーサー元帥は、日本をキリストの精神と自分の良心とで統治する、と声明されました。私はドイツの戦場で別れた妻子の生死を確かめるため、欧州に赴きたいので、元帥の良心にすがって出国の許可をいただくために、直訴状をしたためて持ってきています。ぜひ会わせていただきたい」
 (中略)元帥不在と聞いて失望の色をかくし得なかった私をなだめすかし、さらに元帥不在がうそでないことを証明するため、わきの扉をあけて元帥の部屋をのぞかせてくれた。部屋の中を一見して印象に残ったことは、みごとな松の盆栽があちこちに置いてあったことである。
 副官は、(中略)タイプライターで打った一枚の紙片を差し出し「これは元帥が最も愛用されている言葉です」といって渡してくれた。その紙にしたためられていた文章を訳すと次のようになる。

  青春

 青春とは人生の或る期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ。優れた創造力、逞しき意志、燃ゆる情熱、怯懦(きょうだ)を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、こういう様相を青春というのだ。
 年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。苦悶や狐疑(こぎ)や、不安、恐怖、失望、こういうものこそ、あたかも長年月のごとく人を老いさせ、精気ある魂をも芥(あくた)に帰してしまう。
 年は七十であろうと、十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。
 いわく「驚異への愛慕心」、空にきらめく星辰(せいしん)、その輝きに似たる事物や思想に対する憧憬、事に処する剛毅な挑戦、小児のごとく求めて止まぬ探究心、人生への歓喜と興味。
 人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる
  人は信念と共に若く 恐怖と共に老ゆる
 希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる
 大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大偉力との霊感を受ける限り、人の若さは失われない。
 これらの霊感が絶え、悲嘆の暗雲が、人の心の奥まで蔽いつくし、皮肉の厚氷が、これを固くとざすに至れば、この時こそ、人は全く老いて、神の憐みを乞うる他はなくなる。

 (中略)
 それから三日たった朝、私のところへ外務省から至急出頭してくれ、と電話がかかってきた。(中略)
 私を呼んだ用件とは、米軍司令本部から直ちに出国査証を発行せよ、という要請があった。しかし、当方には出向査証発行に関する手続きの規則もできていないし、第一、査証の書式もない。かといって米軍司令本部の指令は絶対に守らなければ大変なことになるし、困っているのだ、という話だった。(中略)
 そんなことで、三ヶ月ほどやきもきしながら時を過ごしたが、ある日、スイスの国際赤十字社から長文の電報が私のもとに届いたのである。
 それによると、妻や子供たちは、無事スイスに救出され、貨物船で大西洋回りで、日本へ向かった、というのである。
(中略)
 よく考えてみると、終戦の直前、モスクワの大使館で、佐藤大使が「妻子のことは自分にまかせてくれ。それより早く祖国日本に帰って、戦っている日本のために、働いてもらいたい」といって、大使の名でスイスその他の中立国に救出を打電してくれたのが、いま実ったのであって、この一連の運命のしくみに、ただただ感慨を深くしたのである。
 (中略)私にはこじつけといったような気持ちは、さらになく、何か超人間的な、星の世界の法則に操られている自分の姿を見いだすのである。(p.81、l.4-p.88、l.6)

お互いの心の中に誓った約束

 私がゲルマニウム研究に執念を持って続けてこられたのも、敗戦のドイツで捕えられ、モスクワに送られたあと、異境の日本大使館で、佐藤大使に「祖国日本のために私情を殺して尽くしてくれよ」と頼まれ、お互いの心の中に誓った約束が、いつも胸の底にあったからである。
 日本は戦いに敗れはしたが、敗れたのなら敗れたなりに、祖国に尽くす道は、いくらでもある、と私は考えていた。
 そして、石炭ガス液から抽出した、銀色に光る棒状単結晶のゲルマニウムを手にしたとき、私は、これこそ日本、ひいては世界人類に偉大な貢献をもたらす物質になるであろうと、霊感にも似た一種異様な感覚におそわれ、一方では、佐藤大使に対し、何か約束を果たしたような気にもなったのである。(p.76、l.3-l.13)