私の仕事はまだ終わっていない

 私の仕事はまだ終わっていない。それは、この無許可薬品とされて、法律で厳重な拘束を受けている私のゲルマニウムを、どうやって一般大衆の手にゆきわたらせるかということは解決していない。(p.203,L.5)

 具体的には、ゲルマニウム治療の行える施設と、それを運用する組織が必要である。(p.203,L.12)

 国民の健康、福祉のために、私のゲルマニウムを誰か国家の事業としてとりあげ、ひいては人類の幸福のために仕上げてもらいたいという気になったのも、七十四歳のこの頃の私は、非常に疲れているからであろう。
 しかし、何とか死刑執行される前に、終着駅まではたどりつきたいと思うのである。(p.204,L.6)

霊性をそなえた物質

 ゲルマニウムは、ある霊性をそなえた物質なのであって、ちょうど空気がなければ鳥は飛べぬと同じように、取り扱う人と環境に恐ろしいほど関連性を持っているのである。(p.201,L.5)

人々を救けるという自由

 トマス・モアの『ユートピア』の中に、すべての人間が豊かになると、その人々はどうやって人に尽くそうかと考えるようになる、といったようなことが書いてあったのを記憶する。
 一方、わが国の憲法第二十五条には「健康で文化的な最低限の生活を営む権利を有する」とある。
 これから解釈を延長すれば、人々に尽くすとか救けるという自由は、一つの人権に属した権利とみてよいのである。(中略) 言葉を裏返せば、そういった人々の健康をとりもどさせ、病気から解放してあげる側にもそれを行う権利があるとも考えられる。
 つまり、人々を救けるという自由は、憲法で保障されているのである。
 なぜこんなことをくどくど述べたかというと、私のゲルマニウムに対して、社会の一部では反発が激しく、その人々の武器は薬事法という法律であって、それに抵触するとして、厚生省や警察に密告するのである。
 密告や訴えがあれば、警察もほうっておけず、私の所へきて訊問するなど、不愉快きわまる事態がたびたびあったが、結局、私は次の三つの理由をあげて、それでも納得できないのならどうぞ起訴してくださいといいきったのである。
 その理由とは、
 一、アサイ・ゲルマニウムは、全く無毒無害で、ただ体内の酸素を豊富にして、ゲルマニウム自体は短時間で体外に出てしまうから、副作用は全くない。
 第一人間の病気は、すべて体内での酸素欠乏からくるのであって、何らかの理由で血液中の酸素が欠乏すると、ガンはじめ種々な病気に罹るのである。

 二、多くの人々から難病が癒えて感謝され、また多くの人から懇願されて頒けたのであって、私の行為は違法性の阻却に該当し、刑罰の対象にはならない。ちょうど安楽死を行った医師が罰せられぬと同じである。

 三、人を救けるというヒューマニズムにもとづく人権の行使であるからである。
(p.173~175)

 要はヒューマニズムの精神で行う限り、種々の妨害や障害は克服できると信じて、日夜ゲルマニウムの研究に没頭しているのである。(p.178,L.8)

文化国家とは何だろうか

 文化国家とは何だろうか。
 私は、そこに落ちこぼれのない教育があり、精薄児が生まれない予防医学があり、難病の治療が進んで、重病・奇病に苦しむ人口が少ない国家であると定義する。
 一国が他の国を侵略するのは、必ず自分より民度も文化水準も低い国に向かってなされ、あたかも高きにある水が低きに向かうがごときものである。これを防ぐのは軍備ではない。
 高い水準の文化を備えた平和な国民の生活であり、他国の人々の羨望の的となって、侵略どころか移住を希望するぐらいになることである。
 軍備に使う予算のごく一部分でもよい。国が喘息に苦しむ児童にアサイ・ゲルマニウムを買い与え、妊婦にも服用させるということは、実現させようと思えばできることなのであり、要は、すぐれた知性と決断の問題であると考えるのである。
 私は、また文化水準の高い国には、末期症状の人だけの病院と死をみとる専門病院があるべきだと思う。なぜなら、私のアサイ・ゲルマニウムが今日までどれほど多くの人々を病苦から解放し、また静かに永遠の眠りにつかせたか数え切れないし、これ以上に他に物質はないからである。(p.169,L.3~p.170,L.6)

特許の命題

 特許の命題は、“生体内の異常細胞電位を変化させて、その機能を停止させる作用をもつ化合物の製造法”(p.130,L.10)

 動物実験で、私のアサイ・ゲルマニウムを投与することによってエールリッヒ腹水ガン細胞が破裂して砕けているのを、位相差顕微鏡下で観察した。これはまさに細胞膜電位に大きな変化が起こっているとしか考えられない光景であるので、膜電位を変化させて、ガン細胞を殺すという内容で、昭和四十六年に特許権が設定されたのである。(p.145,L.8)

知らずして帝則に従う

 花 無心にして蝶を招き
 蝶 無心にして花を尋ねる
 花 開くとき蝶来り
 蝶 来るとき花開く
 知らずして帝則に従う   (良寛)

 私は、アサイ・ゲルマニウムの今日の姿を思う時、いつもこの言葉を思い出す。(p.127)

人類愛(ヒューマニティ)の表現

 三重市の小児科の開業医夫人から電話がかかった。
「主人は三日前に眠るがごとく、やすらかに亡くなりました。」
 すすり泣きながら語った長電話の内容は、ご主人が半年前に膵臓ガンにかかったことを知り、医者である本人は命をあきらめていたが、私のゲルマニウムのことをどこからか聞き、服用したところ、まず痛みがとれ、そのうちに気分が爽快になり、さらに四カ月間一日三グラムの服用を続けて、検査の結果、ガン細胞は消滅したと医師に告げられた。
 そこで、本人は有頂天になって、早朝から夜遅くまで休みなしで診療を行い、極度に疲労困憊した状態にあった。
 ゲルマニウムのおかげで難病が治癒した実例は多いが、治ったと思って無理をすると、突然、心臓をやられたり、肺炎になったりして急死する例がしばしばある。
 理由は、まだよくわからないが、重病を克服するために、体内のエネルギーの莫大な消費があり、その回復がまだできていないうちに過度の疲労を重ねることにより、身体のどこか弱い個所に重大なる歪みを誘発することは想像に難くない。
 この小児科医の場合は、脳出血で倒れて、数分後には息を引き取ったが、夫人の電話では、息がきれる直前まで、私に感謝していたそうで、自分が難病を克服した時に、さあこれからは、憐れな子供達の病気を治して幸福にしてあげなくてはと、死にものぐるいで診療を行ったそうである。
 そのせいか、その死に顔の美しかったこと、死後十時間以上も体温が感じられ、荼毘に付した後のお骨のきれいであったことなど、連綿と語り、私に対するあらゆる賛辞を惜しまず、電話の報告は終わるところを知らぬほどであった。
 私は、この小児科医から半ば命を諦めたような手紙をもらった時に、何としても助けてあげたい。ゲルマニウムで助かるんだ。そして、もう一度人生をはじめるんだと、内心さけびながら、ゲルマニウムを送ってあげ、はげましの手紙を出したことを憶えている。
『死は久遠の生のはじまりである』ー(荘子)
 そして、
『よく費やされた人生は、幸福な死をもたらす』ー(レオナルド・ダ・ヴィンチ)
(p.108~110)