諸君!集まりたまえ

 私たちの学生時代の制服とは色も異なって、よれよれの汚れた国民服を身にまとい、いかにもうらぶれた感じがする青年の姿を見たとき、もう私はたまらなくなって、「諸君!集まりたまえ」と大声で叫んでいた。
 十数人の東大生を前に、私は夢中で演説をぶった。
 「もう戦いは終わった。日本は敗れたのである。(その時猛烈なヤジが飛んだ)しかし、この敗れた日本にいる若い諸君には、今からでもなすべき多くの仕事がある。それは国の復興ということである・・・」
 その時居合わせた学生から、あとで聞いた話だが、私はきちがいか、どこかの回し者くらいにしか思えなかったそうで、当時の青年たちが、いかに戦勝を信じ、敗戦などは思考外のことだとしていた心理がありありとわかったのである。
 ところが、終戦の詔勅(しょうちょく)が降った日の翌日の昼下がり、弟の家に仮寓している私のところに、数人の東大生が訪れてきた。洋服はかなりどろに汚れ、眼は充血している。そして彼らはこう私に言葉をぶつけてきた。
 「終戦の詔勅を聞いてからは、思考力は極度の混乱におちいり、わけがわからぬままに宮城前にたどりついた。そこには老若男女が地にひれ伏して号泣しており、軍人が割腹して、流れ出る血が白砂を染めていた。自分たちはこんな情景をただ見ているだけで、いささかの感慨も起きてこない。まさに虚脱状態で、全神経が停止した人形のようなものであった。
 そのとき『戦いに敗れた、すでに諸君には即刻始めなければならぬ仕事がある』といったあなたの声が、どこからともなく、耳もとにささやいてきた。あなたの住居を苦心さんたんして見つけ、やっとたどりついたのだ。さあ、何をしたらいいのですか」
 迫るように嘆願するように、語りかけてきた学生たちの真剣な表情をみて、私も、いきなりのことなのでいささか面くらい「明日の午後に答えよう」といって、一応学生たちを帰し、一晩中考えに考え抜いたのだった。(p.62、l.9-p.64、l.11)