お互いの心の中に誓った約束

 私がゲルマニウム研究に執念を持って続けてこられたのも、敗戦のドイツで捕えられ、モスクワに送られたあと、異境の日本大使館で、佐藤大使に「祖国日本のために私情を殺して尽くしてくれよ」と頼まれ、お互いの心の中に誓った約束が、いつも胸の底にあったからである。
 日本は戦いに敗れはしたが、敗れたのなら敗れたなりに、祖国に尽くす道は、いくらでもある、と私は考えていた。
 そして、石炭ガス液から抽出した、銀色に光る棒状単結晶のゲルマニウムを手にしたとき、私は、これこそ日本、ひいては世界人類に偉大な貢献をもたらす物質になるであろうと、霊感にも似た一種異様な感覚におそわれ、一方では、佐藤大使に対し、何か約束を果たしたような気にもなったのである。(p.76、l.3-l.13)